重い地球から、軽い地球へ…

 

 

 

うまく書けるかわからないけど、今の自分の感覚を文章に変換してみようと思います。子どもの頃から感じていた『違和感』について、です。

 

例えば24時間テレビ『愛は地球を救う』などに象徴される様に、こんなに苦労した人がいる、こんなに不幸があった人がいる、それでも乗り越えて生きている…というストーリーに、多くの人々は共感し、涙を流します。

 

例えば、ナイチンゲールが戦地で献身的に怪我人を看護した姿が伝記になります。沢山の偉人の伝記から、人として正しく生きる姿勢を学びます。

 

災害があると『絆』というキーワードの元に支援の輪があつまり、金銭的な事やボランティア活動などが報道され、みんなで繋がろう!という空気になります。

 

…そんな様子を見ても、子どもの頃から、全く心が動かず、感情移入ができませんでした。

 

『自分は愛が欠落した欠陥人間なのかもしれない…』

 

 

けれど、その『違和感の理由』が今では本当に腑に落ちている…今回のブログはそんなお話になります。

 

 

いろんな考えの人が居ますし、魂に高いも低いもありませんが、今の魂の段階というものはあって、共鳴する内容も様々です。私は私の感じている事しか書けないので、どんな方が読まれるかはわかりませんが、書いてみようと思います。

 

 

繋がろう!とか、今こそ絆を感じよう!とか…。それをわざわざ言葉や行動にするのは、『繋がっていない欠乏感が根底にあるから』です。。。

 

…わざわざ繋がろうとしなくても、躍起にならなくても、もともと繋がっていると知っていると、その行動に違和感をどうしても感じてしまうのです。

 

子どもの頃は、それがわかりませんでした。違和感だけがあって、学校でも『思いやり』という名の行動を教えられましたし、親からも、言葉や態度で反省の気持ちを表現する事を求められました。心の底からそう思えない自分がきっとおかしいのだ…と感じながら過ごしました。

 

気の合う数人で語るのは楽しいけれど、大人数の集まりは苦手。

 

本心と言葉や態度が違う人といると疲れる。けど、当の本人は自分の矛盾に気づいてもいない…。

 

今はその理由も感覚も腑に落ちるけれど、自我の自分が全てだと思い込んでいた当時の自分は、本当に苦しかったです。

 

動物と居ると心が安らいだのも、当然でした。

 

 

 

地球的に見れば当たり前の、助け合いや、絆、コミュニティ、集まろう、繋がろう、、、それらは分離の世界が前提の欠乏感から生まれた『目に見えるもの、手に届く事から愛を感じたい、欠乏感を埋めたい』現れです。いや、違う!と感じる方が居ても当然だし、それでも良いです。けれど、私にはそう感じるので、私にとっては『絆』という言葉を連呼されるのは、とても『重い』です。

 

気心の知れた友達と、全く連絡を取り合っていなくても寂しくもなく、全く平気なこと。

 

片思いや、遠距離恋愛が苦にならない。むしろ大して好きでもない彼氏を切れ間なく側に配置させるのは無理。余白のなさが耐えられない。

 

人混みが苦手、満員電車が苦手、どうでもいい飲み会は毎回断る、時間や場所に拘束されることに拒否反応。

 

これら全て、3次元の『繋がり』という名の『執着』への違和感なのです。…とても『重い』からです。

 

重い波動の中で懸命に手を伸ばしあっていた時代が長く続いていた地球。今は幸か不幸か(幸なんですけれど)人々が会えない状況になりました。

 

会社へ行かない、学校へ行かない、外出しにくい、などなど、今までとは違い状況になっています。それで、どうでしょうか。苦痛…でしょうか。寂しくてたまらないのでしょうか。

 

これからどうなるんだろう。自分や大切な人の命の危険を思うと胸が押しつぶされそうになりますか?

 

 

この状況でも休めない人に対して、申し訳なさが募るのでしょうか。あるいはそんな方に対して感謝しなければと強く思うでしょうか。

 

のんびりできて穏やかな気持ちになる気はする…けれど、そんな自分に罪悪感を覚えるし、将来の不安は消えない…でしょうか。

 

はたまた、全く不安もなく、ただ楽に生きていて、幸せな気持ちしか無いでしょうか。

 

いろんな感じ方でいいのです。その時の自分の感情が、手放せる荷物に一つづつ気づかせてくれています。それはハイアーセルフの愛です。

 

 

忙しかった時代には、気付き難かった自分の中のエゴが噴出するこの様な出来事は、今までギューッと握っていた手を離しても…大丈夫だった…と感じさせてくれるような気づきが、地球規模で(そのくらいの大人数が)変容できるチャンスでもあります。

 

目に見える事で繋がろう、繋がろう、としなくても、実は繋がっていない人など1人もいないし、かわいそうな人など、この世に1人も存在しません。

 

 

コロナのおかげで、最近はZOOMというツールも頻繁に聞くようになりました。私はまだやってみた事はありませんが、それも使う人や集う人のマインドがどこにあるのかな?で在り様も変わってきます。

 

つまり、3次元で実際に会えない替わりに、繋がっている事を確かめ合いたい為のツールとして利用する。あるいは、人々の不安に乗じて商売の手段にする…これだと、やっている事は今までと同じです。実際に会うか、ネット回線でコンタクトをとるか、そのやり方が変わっただけで、欠乏感の穴埋めや、繋がりを感じ合う事で安心したいようなマインドは変わっていません。

 

…重いのです。

 

そこを超えている人は、何を使っても重さがありません。単なるツールとして利用する『軽さ』があれば、アイデアで使い方は無限大かもしれません。そして意識の世界は拡大する気もします。

 

 

世界がどうであろうと、何を使おうと、何にしても、本人のマインドが本人の感じる世界を創る、ということ。

 

 

もっと言えば、それすら使わなくてもいい…。

 

 

 

深いプールで、溺れない様に必死に目の前の人と手を握り合っていた様に、

重たい『絆』で懸命に繋がっていた、これまでの地球。

 

あれれ?手を離しても大丈夫だった…

力を抜いたらプカプカ浮いている?

自由に泳げる!楽しいぞ…?(・∀・)

 

そんな、軽い地球になっていきます。それは、一人一人のマインドの目覚めによって、です。

 

あなたの地球が軽くなるように、沢山の人が創造する地球が変わっていきます。

 

 

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温熱療法イトオテルミー Slothの森療術所

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