「サナギ」と「サナギ」の課題の分離

 

 

 

2日連続で、完全変態について考察しました。

 

 

今の世に生まれて、ご縁あって出会った人々。

みんなが魂の成長の為にやってきて、それぞれがサナギの中で、ドロドロの完全変態中だという考え方でした。

 

 

それぞれのドロドロは、本人の成長の過程です。他人が介入はできません。「そのドロドロは違うんじゃないの?」とか、「そんなにドロドロしなくても平気だよー!」なんて、言えません。傍から見て、なぜそんな風に悩むんだろう・・・なぜその行動なんだろう・・・と思ったとしても、それが本人に見えている現実であり、成長の為の課題であるからです。

 

 

だけど、現実には相手のサナギを放っておけず、介入してしまう場合が多々ありますよね。なぜでしょうか・・・。

 

それは、相手の抱えている課題であるドロドロに対して、自分がイライラしたり、チクチクしたり、と何らかの反応をしているからです。

 

その反応が、相手を放っておきません。「何とかしなければ。」と思います。だから、相手のサナギのドロドロを正せば、解決できると判断します。

 

一見、相手の為に間違いを正している、あるいは相手を思って助言をしているようでいて、実は自分のチクチクを解消したいための行動だったりします。問題は「相手にある」と思い込んでいるからです。

 

イライラやチクチクなどのネガティブな感情は、嫌なものですが、これは潜在意識があなたに教えてくれている浄化のサインです。だから本当に向き合うのは「自分のチクチク」なんですね。「私はなぜチクチクするのだろう」「何に対して反応してしまうのだろう」と、自分の内面を掘り下げることです。

 

 

相手のドロドロは、相手の課題。 自分のチクチクは自分の課題。

これは、有名なアドラー心理学の「課題の分離」でも言われています。

http://jibunhack.com/8413/

 

 

これを理解すると、「悪い人」が居なくなりますね。

 

 

相手のことは放っておいて、自分の課題に専念する・・・のですが、この時に自分の感情を掘り下げずに、自分の中で折り合いをつけて(本当は納得していないのに我慢して)ポジティブ思考になるのは、私はちょっと違うと思っています。

 

課題を分離して、相手を自分の都合でコントロールをしないのは良いのですが、これでは「自分自身を自分の良いと思う方向へコントロールしている」事になるからです・・。それだと、いつかまた同じような課題がやってきます。「浄化」まで辿り着いていないからです。

 

 

社会性を重んじる男性のほうが、この傾向は強いかもしれません。自分の弱さとか、自分の感情と向き合うのが苦手ですよね。自分のナイーブさをなかった事にして、前を向くのが癖になっているのです。それは長い歴史の中でもずっと「男はメソメソするな」と育てられたせいかもしれません。だから、浄化を始めようと思ったら、女性のほうが得意かもしれませんね。

 

 

人間関係の中で、イライラしたり、傷ついたりしたら、こう思ってください。「その人が自分を傷つけているのでは無い」と。「その人はその人でサナギの中でドロドロ成長中なのだ」と。そして、「自分も全然悪くない」と。そのうえで「なんで私はチクチクしたのかな」と考えてみてください。

 

 

不快な気持ちは、たいてい相手の課題まで勝手に請け負って(しかもそんな課題は自分の勝手なジャッジからくるのですが)、相手の課題と自分の課題がグチャグチャになっている事から起きます。相手のサナギを放っておけると、自分の課題だけが見えてきて、それだけでスムーズに問題が解決したりします。

 

くれぐれも、その時に「最短でポジティブになろう」としないでくださいね。ネガティブな自分をとことん許して、真っ黒でグチャグチャでドロドロの自分も、自分だけは全部肯定してあげてくださいね。それも大切なあなたの一部です。本当はそんな風にこじれた感情になりたかったわけじゃないんです。怒りの感情の奥には、「我慢して抑えてきた悲しみ」が眠っています。それを感じてあげてください。そうして初めて「浄化」が起きます。

 

 

簡単にポジティブになってはいけない理由がお分かりになりましたか?ジャッジすること、怒りの感情の奥にある、「自分の苦しかった想い」に気づくためですよ。

 

 

あなたの目の前のイライラさせるサナギさんは、それを教えてくれたんです。ありがたいことですね。