動かないこと牛の如く…

 

 

 

だいぶ涼しくなってきました。

朝など、寒いくらいです。

暑さが苦手な自分としては、ありがたい季節の到来です…。

 

 

今朝は、本当に久しぶりに動こうかな…という気分になれて、2キロくらいのウォーキングをしました。

本当は4キロの予定だったんですけど…"(-""-)"

 

運動不足が祟って、息が上がり、ちょっとしんどくて予定の半分で止めました。通常のような、お散歩瞑想にも、なりませんでした。

 

最近は、自分の中で考えていたテーマも、堂々巡りでブログに書くほどでもなく、気分的には低めでした。雨も多くて、気圧のせいかもしれないし、まだ帯状疱疹が完治していないせいもあります。患部が頭と顔なので、美容院にも行けませんし⤵

 

 

気分…というのは明るくなったり、沈んだりします。それは自然のリズムで、ずっと明るい人はいない、ですよね。

 

 

例えばですけど…。

最近は自分の性分について考えています。「私は、牛のように動かない」と。


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これ、他の人から見たら、そうは思えない部分もあると思うのですが、自分ではこういう資質があると自覚しています。

 

直観には従いますし、ピンときたら即行動はするんです。けど、それ以外はフットワークが重いです。沢山の人と関わったり、面白そうな匂いのするものを常に探しているタイプとは真逆です。

 

それに加えて、最近は体調不良が重なっていたので、余計に心が重い、あらゆることに興味がわかない、動く気がしない、という感じでした。でも、それが嫌だとかではなく、ストレスもありません。(そもそもが行動的じゃないからでしょう)

 

けれど、この牛のように動かない自分、という存在は、外に出なくても、人と関わらなくても、不足感が無いのですが、気分が低めの時だと「じゃあ、なんで、地球に生まれて来たんだろう…」とか考えちゃうんですよ。「ずっと動かなくて平気だなんて、生命体としての意味あるのかな…」って。

 

そうすると「ああ、意味を必要としていたのは……エゴの仕事だな」とか浮かんできたりして、「そうか。じゃあ……このままでいいか」みたいな。それでlowテンションにまた帰る。まあ、そんな感じで、大人しく過ごしている今日この頃だったのですが、

 

 

昨日飛び込みで、常連さんがテルミーを受けに来られました。背中の痛みが酷くて、もう無理😱な具合で。


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その方は、もともと物凄くエネルギー値の高い方なんです。やりたいことに溢れていて、気持ちが常に前進していて、人と沢山関わり、いっぱいしゃべって、いっぱい笑って、いっぱい愛する方なんです。で、気持ちのパワーが大きすぎて身体がついていけなくなる時がある。そうするとテルミーに来られるのです。

 

牛のようにじっとしている私から見たら、そのお客様は自分の興味の赴くままに行動して「生命を謳歌している」ように見えます。

 

けれど、そのお客様からは、ここにきて、私と話すと、元気がでる……と、毎回言われるのです。天使のような笑顔で、満足氣に「ああ、来てよかった」と。

 

 

だから…。

牛でもいいんだな、と思ったりしました。いろんな人間がいて、ミツバチのように忙しく動き回る性分の人もいれば、牛のように動かない人もいて、それは多様性で、個性なんだろう、と。それでバランスがとれるのだろう、と。

 

 

見ようによっては、それが長所となったり、短所となったりします。長所に思える時は気分がよく、短所に思えば気持ちが沈みます。しかし、同じことを言っているのです。

 

 

気持ちが沈む…って、マイナスに思われるかもしれませんが、私は嫌いではありません。また、楽しいと気分は良いですが、「楽しいと感じる事が幸せなのだ」とも思っていません。

 

 

……楽しくなければ幸せでないならば、どうにかして「幸せを感じたい」って思いますよね。そのためにプラス思考にならねば、って思いますよね。

 

プラスが善、マイナスが悪であると考えれば、マイナスを消したくなります。自分の中に善悪をジャッジする概念が沢山ある人ほど、気持ちのアップダウンがあるというのは、そういう事です。やじろべえのように、常に大きく揺れてしまいます。

 

アップダウンが激しく、ジェットコースターに乗っているような人生の方が「生きている実感」を得やすく、これまでの地球は、みんなでジェットコースターに乗っていたんですよね。ワ~キャー言って、それも楽しそうでもありますが、もう、卒業です。

 

ネガティブな自分を否定しなければ、自分の中のあらゆるパーツが、あれも良し、これも良し、そのままで良し、と統合されていきます。それが、「中道を生きる」なんじゃないかな、と思っています。ゼロポイントフィールドとも言いますね。

 

昔は、そこまでいけば、信じられないくらいの多幸感を、常に感じて生きられるんじゃないかと想像していました。

 

けど、ブッダがそんなに「ほわほわわ…ん」として生きていたのか?というと、おそらく違いますよね。中道を行くというのは、全てを受け入れているから大きく揺れない、揺れている最中も軸があり、揺れている自分とそれを冷静に感じている自分が同時に存在している、と自覚している状態と思いました。

 

だからそんな、常に多幸感があるとか、夢見心地のような状態とは、むしろ真逆だったんだな…と。

あらゆる自己を統合すればするほど、俯瞰力が増して、、、もしかしたら、更にどっしりするかも。

 

むしろ今よりも牛感…?が、増すかもしれませんね…💧