イトオテルミーへの理解①人体靈の科学

 

 

伊藤金逸博士の残された書籍や、お言葉には、いたるところに「靈」の文字があります。

 

私たち療術師には、テルミーは「植靈術」であると教えられました。

 

「靈」という文字を見るだけで、「怪しそう」「新興宗教みたい」と、捉えられてしまう時代が長く続いていました。そうなると、本質の素晴らしさを知る前に、敬遠されてしまい、最悪社会から抹殺される事にもなり得ます。

 

素直な心で、先生が到達された悟りの境地を理解しようという感覚になるには、社会がある程度成熟して、人々の古い固定概念や社会意識が、融解してくるのを待つ必要があったのかもしれません。

 

「植靈」は、「靈”を植える」と書きます。これは、どこかから怪しげな靈を呼び寄せて人体に植える……とかではありません。

 

本来、人体に流れている「エネルギー」(※化学的熱エネルギー)の事であって、それが健全に回っている時は心身ともに健康であり、そのバランスが崩れた時に、病となる。ですから、血液を輸血をするように、エネルギーが弱まった人に対しては、エネルギーを「輸熱」するのです。そうしてエネルギーを回復させ、本来の心身の健康を取り戻す、それがイトオテルミーです。

 

 

 

当時のテルミー線の箱のデザインは、今と違います。

 

現在のデザイン

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昔のデザイン

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※画像はお借りしましたm(_ _)m

 

 

人工靈の素。ちょっとビックリする表現かもしれませんが、テルミー線がそのまま、博士が研究に研究を重ねて、自然界のものから人工的に作り出された、人体に輸熱するための、化学的熱エネルギーの『素』という意味合いなのですね。その「人工靈の素=テルミー線」に火を灯して生体にエネルギーを与えるのです。

 

『やおろずの神が住む国』である日本人には、本来のDNAの中に『靈』に対する畏敬の念は自然に受け入れられていたのであり、社会意識の呪縛の強かった当時であったにもかかわらず、そのまま「人工靈の素」「植靈」の文字が印字された事には、むしろ大らかさすら感じさせます。

 

 

  素敵なデザインですよね。金逸博士の思いそのままで…。これを復刻してもらいたいくらいです。

 

 

 

 

~「人体霊の科学」(イトオテルミーの原著紹介より抜粋)~

 

 

霊は心の主なり、体は其の従なり。

 

 

霊の定義  

生物の体内に有する神機なり。生気之れより出ず。

 

霊の本態  

神経機に於ける化学的熱エネルギーなり。母体相承より来る。

 

霊の種類  

知覚経路の於ける神経機(知覚霊)、運動経路に於ける神経機(運動霊)、反射経路の於ける神経機(反射霊)、植物神経経路に於ける神経機(植物霊)の四とす。

 

 

※以下の青文字は、私が理解するために追記した文字です…m(__)m

 

精神は肉体の精華(※精華=本質をなすもの)である。人体は肉体的健全生活の下に精神的審美の生活を営む。故に精神は生きた肉体より出で、決して他の何処からも入ったものではない。母体相承、神の作と言う肉体の奥底に深く宿在する無形の気魄、いわゆる心である。(肉体の内にある本質=魂)即ち肉、心は一体、不即不離である。細胞の構成元素が、宇宙の元素以外に何物をも発見しない。しかして生きた細胞は精神を発現する。故にこれが集団の生きた肉体はやがて総合的精神を発現するのは当然である、(人類の社会意識、集合意識の事か?)この精神的生活を靈的生活ないし心靈生活とも言う。結局人体は万物に超勝する精神を有するので、又万物の靈長と言う事になる。

 

靈、心、精神は化学的熱エネルギー、しかして太陽の理学的熱エネルギーが勢力転換をなしたものである。生活体の最初の祖主体が、化学的原素と太陽の理学的熱エネルギーとの間に、理化学的結合をなしたまでのものである。けだし人体にあって靈、心、精神の文字を用語とするときは、皆大脳(神経の内)の意識的干渉を含んでのことである。

 

靈、心、精神は、熱が光を発するように、細胞及び肉体内の熱が変化した理化学的勢力転換にして、その精華と言われるであろう。(体内のミトコンドリアがエネルギー生産する際に熱を発するのですが、これがバイオフォトン(生命の光)とも呼ばれていて、この光エネルギーが体内を流れる為には、間質液という電気伝導性を通して流れるそうですが、これが巡ることが生命を回しているわけで、氣=プラーナもこの光のエネルギーと言えます。細胞がバイオフォトン を発しなくなる=死、なのです)刺激体は外界にあり、靈、心、精神は内部より発現する。(三次元の現実に見えるもの、魂は内面にある)つまり生活体を借りた空間意識の変幻なのか、実在意識の存在につき呆然たらざるを得ない。しかしてこの空間意識を仏教は第七感の蔵識又は阿頼耶識と言い阿頼耶識とは、輪廻転生によって受け継がれる心であり、永遠の魂や生命と捉えられ、個人をつくる根本となる心)、魂魄不滅を説き今日なおかえないものである。

 

 

……ほんの、さわりの部分のみ抜粋しただけなのに、この情報量とそれを腑に落とす難しさ!!!スピリチュアルを物理学の視点から考えるのは好きでしたが、それでも専門的になりすぎるとお手上げの私です( ;∀;)

 

でも、それでも、、、なんとなくわかっていただけますでしょうか。金逸博士は、宇宙の真理を知っていたんだよーーーー💦って。

 

これ、昭和初期の一人のお医者さんの書いたものですよ?ただの医学書じゃないでしょ((((;゚Д゚)))))))

 

たったこれだけの文章からでも、金逸博士が、断食の末に得られた情報を垣間見る事ができます。臼井甕男先生ならば理解できたであろう…(-_-;)おそらくお二方とも、悟りの一瞥体験をされたのだと、私は確信しています。その体験を、万人に伝える難しさ…。

 

 

けど、金逸博士はおっしゃいます。

ナデクリャナオル!!

そうそう(笑)とにかく、無心にテルミーをなでくってたら、治る…という、有名な語録です。先生の大らかな力強いお言葉。先生の体験を、そのまま未体験の人に伝えるなんてできないけど、ナデクリャナオルのも真理。わかってなくても大丈夫!って事ですよね。わかりたいけどね( ;∀;)!!

 

原著紹介は57ページ、本当の原著は1800ページ以上…これを、医学の観点から翻訳できて、なおかつ量子力学、スピリチュアルの知識が豊富な方に訳してもらいたいんですよね。自分の勉強の為に書いてみる…とやってみたけど、早速行詰まる(;゚Д゚)

 

けど、気になった文章を見つけたら、また考えてみたいと思います。。。