役に立たなくても良いのです

 

役に立つ

 

役に立つことで、自分の存在意義を感じる人は多い。

 

例えば、「仕事」があることで。

例えば、「家庭」を持っていることで。

例えば、「社会貢献」をしていることで。

 

その場所で自分が何かの役に立っていると思えたら

自分の存在に対して安心できる

 

 

そこで考えてみる。

 

 

ヒト………って、そもそも

「存在している」ことが、存在意義なのに

 

なぜ、役に立てていないと不安に思うのだろう。

 

 

周りにいる、あなたよりも存在価値がある人を思い出してみよう。

その人は、どんな人?

 

 

安定した職についていて、沢山の収入がある人?

仕事において、いつも頼りにされているひと?

優しくて、いつも誰かを助けているボランティア精神にあふれるひと?

 

 

そんな人が価値がある人だ、って思うとき

その人が持っているその価値を、

……自分は持っていない、と感じるだろう。

 

 

その人がやっている行いが、その人の価値なんだろうか。

その人の持っている財産が、その人の価値だろうか。

その人が多くの人から賞賛される事実が、その人の価値を高めるのだろうか。

 

だとしたら

 

自分がそんな役割を持っていないと感じたら

そんな自分には価値がない、と思ってしまうだろう。

 

 

「存在そのもの」

「ただ、存在している」

 

 

実は、ただそれだけが、全ての人が有している最大の価値なのだけど

 

 

人は「役割」を欲しがるよね。

自分に何等かの「役割」があって、

それを実行していることで、誰かの役に立てれば……

自分の存在に疑問を持たずに済む。

 

 

けれど、

そんな風に世の中を見ているとしたら

 

 

その人の眼に映る世界には

存在価値のある人と、存在価値の無い人が現れる事になる。

 

 

 

職場でも、家庭でも、テレビや、ネットの情報を見ても、

 

「役割としてのその人」を観察することになる。

「役割」ありき、なので、役割以上の功績を上げてる素晴らしい人や、役割をこなす普通の人や、役割を果たしていないダメな人が現れる。

 

 

そうして、そんな見方をする人は、

他人だけでなく、実は自分にも同じ価値観を課しているので、

役に立っていないと、「自分はダメだ」と思いがちだ。

 

 

だから努力して自分の価値を高めてみる。

そうして、今より少し収入が増え、今より少し人の役に立っても、

その時はもっともっと自分より素晴らしい価値がある人が現れて

また「自分なんて……」と思う。

終わりがない。

 

 

あなたが羨むような人が現れた時も

あなたが自分に無価値感を感じた時も

 

 

どちらも、自分が持っているルールに氣づける時なので、

ぜひ、こう考えてみて欲しいです。

 

 

「ああ、私は、〇〇のような人は素晴らしい、価値がある、、、、という概念を持ってい居るんだな」と。

 

そして、

「じゃあ、あの人が〇〇を持っていなかったとしたら、あの人は素晴らしい人では無くなってしまうのかな?」と。

 

 

ああ、私は、あの人の存在そのものではなく、あの人の行いや、あの人の功績を素晴らしいって感じていたのか。。。

 

 

と言う事は、実は自分にも「そんな行いや、功績」を、ボーダーラインに強いていて、それが叶っていない場合、常に自分にダメ出しをしている状態だったのか……。

 

 

そんなものを持っていなくても、ただ存在しているだけで素晴らしいのに、あはは、オカシイ…………(・∀・)

 

 

なんて。

 

 

心が揺れた時は、自分の内面に持っているルールに氣づき

重たい荷物を一つ一つ降ろしていくチャンスです。

 

 

そうやって、自分に何の条件も課さずになったとき

 

 

何にももっていない、このただの私のままでいいんだ、と。

ただ存在している事が、私の最大の価値なのだ、と思えるようになります。

 

 

何度でも

何度でも

 

自分に言ってあげてください。

 

存在している事が価値なのだ~(・∀・)!!!